在宅学習が続いていると1日の小さな差の積み重ねが1カ月後に大きな差になります。
さらにいうと、同じ30分の勉強でも気持ちの入り方でその密度に差が出ます。この差が最終的にとても大きな差になります。
今日は魂のこもった学習について取り上げます。
“魂を込める”とはどういうことか
社会人になると、仕事ぶりを評価するときに、結果だけでなくプロセスを見るようになります。
その際によく言われるのが、魂がこもっているかということ。
とても抽象的で何のことかわからないと思いますが、大人になって色々な人の仕事ぶりを見ていると、学生時代にどんな学習姿勢でいたかが、仕事への取り組み方にも現れていると思うことが多々あります。
仕事において魂を込めるとは、自分に課された役割を果たしより良い結果を残すために、あらゆる手段や方法を検討し、最善を尽くすプロセスなのだと思います。
そこそこの結果で満足せず、より高い水準を目指して妥協せずにこだわる姿を見ると“魂を込めてやっているね”となるのです。
魂を込めるとは、細部にまで神経を行き渡らせること
皆さんは米津玄師の「Lemon」のPVを見たことがありますか?
あの映像に出てくる米津玄師さんが何故かハイヒールを履いています。その理由はわかりますか?
聞いたところによると、「Lemon」の主題は「死」。愛する者との死別を歌った曲です。米津さんの考えの中に、亡くなった人との共通点や思い出の品を他人の目をはばからずに懐かしみながら死者を送るというのはとても美しいことだというのがあったようです。
つまりPVの中では、「男性であるにもかかわらず、愛する人との思い出の品のハイヒールを人目もはばからずに履いて悲しみに浸っている図」というのがその人を失った悲しい心持ちを表しているということなのです。
ここで大切なことは、そのような死者への思いの表現の仕方を自らの提案でPVの中に表現していくという姿勢なのです。
より良いものを作りたいという思いから、細部にまで自分のこだわりを反映させていく姿勢が“魂のこもった”仕事ということになるのだと思います。
細部の表現に自分のこだわりを持ち込むところに魂のこもっているかいないかの差が出てくるのだということです。
神は細部に宿る
みなさんは、「神は細部に宿る」という言葉を聞いたことがあります?
ドイツの建築家の言葉と言われていますが、諸説あるようです。とても有名な言葉ですが、これは建築だけでなく、様々なものに当てはまると思います。
本当に差がつくのは細部の一見目につかないようなところ。ここにこだわれる人はその他も丁寧な仕事になって全体的に素晴らしいものになります。
勉強における魂の込め方とは
では、勉強において魂を込めるとはどうすることなのでしょうか?
これまで書いてきた通り、表面的な形ばかりの学習ではなく本当に自分が目指す姿に少しでも近づけるように妥協せずに学習していくことなのだと思います。
少し具体的に見ていきましょう。
①やると決めたものはやり切る。
⇒時間のルールやノートの書き方のルールなど、自分に課したルールを徹底することが大事です。特に〇時になったら学習を始めるというスタート時間のルールが守れればかなりいけてると思います。
②わからないまま放置しない。
⇒わからない問題に遭遇した時に、後回しにせず、周囲のいろいろな人の助言を得ながら解答にたどり着く粘り強さが発揮されていると素晴らしいですね。
③しつこく最後まであきらめない。
⇒苦手科目などで、わからない問題に当たったときに、解決するまで辞めない姿勢というのは勉強において究極的に重要です。間違えても間違えても、あと1問を追いかける姿は“魂がこもっている”と言えるでしょう。
④苦手から逃げない
⇒自分の受験科目に苦手科目が入っていた場合など、苦手科目を後回しにするかしないかという問題が発生します。多くの受験生は苦手科目から逃げずに勝負を挑んだことで、結果を残しています。
その細部のこだわりポイントはひょっとすると誰にも気づかれない小さな差かもしれません。
でも、そこにこだわるという気持ちがそれ以外の様々な取り組みにも影響を与えてくるのです。
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