こんにちは。まさおです。
今回は久しぶりに読解の解説を行います。取り上げるのは「短歌」です。
これもなんとなく読んで意味を覚えて終わりとなる先生が多いのですが、もう少し基礎から学ぶと少し見え方が変わってくると思います。
今回は「短歌読解の基礎知識」です。
そもそも短歌とは何か
短歌の勉強をする際に、短歌とは何かを少しだけ確認しておきましょう。
丁寧にやると相当時間がかかるので、ポイントだけかいつまんで説明をしておきます。
短歌は古来人の気持ちを発してきた「和歌」の最もポピュラーな形式
古来人間は自分の気持ちをいろいろな言葉で発してきました。祭りの時のかけ声などもその一種です。
それが次第に形を整えていくつかの形にまとまってきました。その代表が和歌です。
奈良時代にまとめられた「万葉集」には約4500首の和歌が収められています。
その中には、「長歌」と呼ばれる5/7をこれを複数回繰り返して最後に7/7で終わる形式のものや「旋頭歌(せどうか)」と呼ばれる5/7/7/5/7/7という形式のものなどもありました。
しかし、圧倒的多数は「短歌」と呼ばれる5/7/5/7/7の形式で書かれた和歌が多かったのです。
平安前期の歌集「古今和歌集」の中で、編者の紀貫之はこう言っています。
「やまとうた(和歌)は、人の心をたねとして万(よろづ)の言の葉(ことのは)とぞなれりける」
万葉集の「万葉」とからめて「万の言の葉」と言ったのでしょうが、重要なことは「人の心を種とする」ということです。
詩歌の本質は、「人の心から発せられた思いを言葉として育てて外に発した」ということを最初に意識しておきましょう。
近代短歌は「和歌」の発展形と考える
そんな太古の昔から読まれた和歌の一形式である短歌ですが、5/7/5/7/7の音数こそ当時のものを受け継いでいるものの使われている言葉や作る際の考え方は明治時代以降大きく変わってきました。
ここでは詳細まで踏み込みませんが、時代の変化に合わせて現代風にアレンジされ続けていると考えるのがよいでしょう。
現代の短歌には外来語なども当然入りますし、時代背景も色濃く反映されています。
その意味では形式として5/7/5/7/7の音数を持ったものを広く「短歌」と意識しておけばまずは良いということです。
短歌の基本的な形式
短歌の基本形式として、5/7/5/7/7の5つ句を意識しておきましょう。
「句」とは短歌を構成している、「5」「7」の各パーツのことです。
最初の5音を「初句」、次の7音を「二句」、次の5音を「三句」、次の7音を「四句」、最後の7音を「結句」と言います。
また、前半の5/7/5を「上の句」、後半の7/7を「下の句」と言います。
具体的な短歌に当てはめて確認してみましょう。
この短歌は斎藤茂吉という歌人が大正時代に母の死に際して作った短歌です。
内容は後で説明しますので、まずは5/7/5/7/7の句につけられた名前を覚えるようにしましょう。
これを覚えていないと「この短歌の3句では~」などと解説文がついたときに何のことか分からなくなるので注意しましょう。
短歌を読むときの基本姿勢
短歌を読むときにはどんなことに注意をすればよいのでしょうか?
短歌にも詩と同様で表現技法などがたくさんあるのですが、それは別の機会で詳しく解説します。
今回はその前に必要な意味の取り方について確認をします。
短歌に慣れていない人は、この形式に惑わされてしまい、書かれていることに正面から向き合わないことが多いのです。
最初は句をつなげて文として読んでみる
まずは、書かれている内容を一つ文としてとらえるようにします。
さきほどの歌で考えてみます。
はるばると
薬をもちて
来しわれを
見守りたまへり
我は子なれば
最初にやるべきことは、現代語に直せるものを直してしまって、言葉をくっつける作業です。
はるばると薬を持ってきた私をじっと見てくださっている
私は子なので
こんな感じでしょうか?
難しい表現は「見守りたまへり」の「たまへり」部分だと思います。
「~たまふ」⇒尊敬の意味を表す。「~くださる」「~なさる」
「り」⇒存続の助動詞。「~ている」
短歌を読み取る姿勢としては「たまへり」が正確に訳せなくてもなんとなく「みている」ということが分かればよいです。
この歌の大まかな意味は、「はるばる遠くから薬を持ってきた私(作者)を母は見守ってくれている。」ということになります。
次にその時の作者の気持ちを想像する
意味さえ取れればまずはOKなのですが、学校の教科書や入試はその歌を作ったときの作者の気持ちを大事にします。
冒頭に書いたように短歌は人の心をたねとしていますので、その心について考えたいということなのです。
この短歌、どんな気持ちでで作られたか想像ができますか?
本当はこの前後の流れも知ればよりわかりやすいのですが、ここではこの短歌だけでどこまで想像できるかやってみましょう。
・私は遠くから薬を持ってきた
・母は子どもの私を見守っている
この情報からなんでわざわざこんな歌を作ったのかを考えてみてください。
ポイントは自分が遠くから薬をもって母に会いに行くとしたらどんなときかを考えるということです。
もし、この母が風邪など近所の医者で薬をもらってくれば治るような病気であれば「はるばる薬をもちて」来る必要はないと思いませんか?
わざわざ遠くから薬を持ってくるというのは、どうしても遠くから移動しても母に会いたい事情があると考えるのが自然です。
解答としては、「母にもう会えないかもしれないと焦りの気持ちでやってきたが、母に無事に会えて安心した気持ち」というくらいが適切だと思います。
種明かしをすると、作者の斎藤茂吉はお医者さんです。薬というのは市販の薬ではなくお医者さんが処方するような薬のことと思われます。
また、母はこの後亡くなってしまいます。
茂吉は母の命がそう長くはないことを知って、亡くなる前に会っておきたいという思いではるばる遠くから母のもとに駆けつけています。
さらには、斎藤茂吉は小さいころに他家に養子候補に出されて実母と暮らした時間が短かったこともあり、母が自分をどう見ているかも不安だったのかもしれません。
そのあたりが「我は子なれば」という一見当たり前のような言葉に込められていると思います。
今回は短歌読解の基本的な考え方について説明をしました。
他にも表現技法など、短歌にまつわる読解のポイントがありますので、別の記事でご紹介するようにします。
短歌はとても奥が深く、人生に彩りを加えるものでもありますので、ぜひ興味を持っていろいろな短歌に触れてみましょう!
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