【日本の子どもは不幸】ユニセフの幸福感調査で38か国中37位~③

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まさお
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こんにちは。まさおです!
9/3、国連児童基金(ユニセフ)が先進国38か国の子どもの幸福感調査を発表しました。新聞等でも報道されていますが、日本は38か国中37位という結果です。
日本の教育のどこかが間違っているのでしょうか?

今回は「日本の子どもはの幸福感はなぜ低い?」というテーマを取り上げています。全3回の内の第3回です。

受験よりも大事な子どもの幸福感

精神的幸福度は38か国中37位
精神的満足度が低く、自殺率は高いことで全体の中で下位に低迷。
いじめなどでストレスにさらされている子どもが多い実態が浮き彫りになっている
肉体的健康度は38か国中1位
肥満や過体重の子どもは国際的に見ても低い
読解や数学分野の学力、社会的スキルは27位
⇒学力はそこそこだが友達を作ることが苦手

第1回と第2回の記事は以下からご確認ください。

まさお
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前回と前々回でユニセフのレポートを引用しつつ日本の子どもたちの国際的な位置を確認しました。
今回はこの結果を受けて、日本の教育は今後どうあるべきかを考えてみたいと思います。
やや主観的な内容になっていることをお断り増しておきます。
過去の子どもたちの指導や職場での人間観察等からそれなりに的は外していないとは思うのですが。

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子どもの幸福感が低い原因は何なのか

日本の子どもの幸福感は冒頭にもある通り、比較38か国中37位とのことでした。
細かな項目をみてみると…

・友達を作ることが得意な子どもの割合は69%で40か国中39位
・いじめを受けていなくても生活満足度は65%程度
いじめを受けると生活満足度は50%まで下がる
・10万人当たりの自殺者は7.5人で対象40か国中30位
・読解や数学的分野の学力は40か国中5位

端的に言えば学習以外の生活面へのフォローや人間関係形成のフォローが足りていないように見えます。

日本の子どもたちはどうやら人間関係がぎすぎすしていたり、あまり波長の合わない友だちとの関係性に悩んでいたり、いじめの問題を解決できずいつまでも引きずっていたりといったことで幸福感を感じていないようです。

これは、学校の教育が足りていないということもあるのかもしれませんが、日本の家庭での子供の導き方、ひいては大人の人間関係構築が影響しているのかもしれません。

ちなみに、大人の自殺者数はここ10年で減ってきていますが、2019年でも約2万人の方が自らの命を絶っています。G7の中では韓国に次いで2番目の自殺者の多さとなっています。

自殺者数2万人を下回る: 自殺率はG7で最悪
2019年の全国の自殺者数は10年連続減のマイナスで、初めて2万人を下回った。
まさお
まさお

子どもは大人の背中を見て育つわけですから、学校教育云々を言う前に身近な大人が自分の人生を楽しんでいるかが重要なのではないでしょうか?
なぜ大人が自分の人生を楽しめないかというと、日本人独特のまじめさゆえの追い詰め方(追い詰められ方)というのが背景にあるように思います。
SNSの誹謗中傷でも問題になるような、大衆によるリンチのようなことが起こりやすいということです。
それは、人間の尊厳や存在意義に関する教育が日本には弱いことが背景にあるのではないかと考えます。

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人間の尊厳や存在価値といった内容の教育が必要

ヨーロッパ文化のベースにはキリスト教が流れています。日本の「道徳」に変わるものとして生まれてすぐに洗礼を受けて、キリスト教の教えを身につけながら成長をしていきます。
その中には、「人間への尊厳」「個性を認めること」といった基本的な教えが織り込まれていて、自分が他者との異なることを前提として、それぞれの人間がお互いの人間を認め合うこと元前提になっています(現実はそこまで理想的ではありませんが…)。

一方、日本では自分と違う人はともすると敵であるというようなものの見方があり、異なる考えの相手を徹底的にたたいてしまうような風潮があります。

SNSが普及する前は関係する人間の範囲が限られていましたから、それほど大きな問題にもならず乗り越えられてきたのでしょうが、今のSNSではちょっとした失言に対して多くの人がその人の存在そのものを抹殺してしまうかのような誹謗中傷を繰り返すケースが散見されます

職場でも仕事ができる優秀な人が部下を追い立ててしまう「クラッシャー上司」が話題になっています。本人はそれが正しいと思って、結果を出すために部下を追い詰めてしまうのですが、別に部下は業績を上げるためにこの世に生まれてきたわけではないわけです。
ここのバランスをとれるかどうかが重要ということになると思います。

日本のいじめの悲しい現実

自分がかつて教えてきた塾の現場でもいじめの問題が起こることがありました。また、学校で起こったいじめ問題が塾に持ち込まれてくるということもありました。

学習塾の立場では、人間関係の調整などにエネルギーを割くことは協力せずに学習指導に専念したい(また、そうあるべき場所として塾が存在している)のですが、人間関係のベースがきちんとしていなければ学習にも集中できませんので、ここの調整にはエネルギーを割くケースが少なからずありました。

多くの子どもたちとの会話の中でたびたび出てくる言葉に「いじめられる方も悪い」という言葉がありました。彼らの言い分によると、相手にちょっかいを出してきたり、他の生徒と異なる発言をしたりして、原因を作っているからいじめられても仕方がないのだというのです。

この言葉への対処には大変苦慮しましたが、「いじめというのは多くの生徒がターゲットとなる生徒に不快な思いをさせることを繰り返すということなので、理由がどうであれいじめという手段で報復してはいけない」ということを何回か伝えてきました。
塾の現場でこのような事案が起こると、どちらかあるいは両方が退塾してしまうことが多く、プロとしては未然に防がなければならないのですが、それでもなかなか完全に防ぐことは難しいと思っています。

学校・家庭が「いじめ」と言われる行為はどのような行為化を確認し、それを行うことが人として恥ずべきことであることをきちんと教えていく必要があると思います。
今の日本の教育現場ではそこを深掘りすることが必要です。なぜいじめをやってはいけないかすべての子どもたちが説明できる状態に持っていくことが大事だと思います。

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自分の強みや特長を意識して、どう生きたいかを考えて入試に臨むべき

いじめの話はそれくらいにして、幸福感と学習との関係についても考えておきたいと思います。

日本の子どもが学力的には優秀、肉体の健康面でもトップクラス、精神的な満足度は下位というアンバランスな状況です。日本の子どものように学力的に優秀であれば、精神的な満足度の問題をクリアできれば世界をけん引できる存在になれると思います。
では、何が足りないのでしょうか。

自分が感じているのは以下の点です。

・自分の長所・得意分野を理解すること
・自分の存在を世の中の役に立てるにはどのような仕事が向いているか考えること
・将来的な展望をもとに目の前の学習を行うこと

きっとほかにもいっぱいあると思うのですが、自分が感じるいちばん大きな課題感は、「将来的な展望もなく目の前の勉強をやらされている」ことにあります。

テストが近づいたからテスト勉強をやるという子供は多いのですが、「なぜテストで高得点を取りたいのか?」という質問に対して、「怒られたくないから」という回答がどうしても多い現状があります。

まだ、太平洋戦争中の子どもたちの方が、「立派な大人になって国を支える有効な人材になりたいから」という答えを返していたようですから、そちらの方が学習の目的などを意識していたように思います。

今の世の中はある程度恵まれていて、将来会社員になって給料をもらえればよいというような考え方の中高生が増えてしまっているのかもしれません。
こちらのサイトの調査では将来の夢のない中学生は約4割程度だそうです。

入試は夢へ近づくための通過点であるべき

今の子どもたちは入試の学年になってしまったから入試に臨むというケースが多いようです。できれば、入試の前に自分が将来どのような道に進むべきかを考える機会を学校できちんととっておくべきだと思います。

学校では職業体験など社会とつながる機会は用意されているのですが、それが自分の長い人生をどう使うかと結びついていないようです。

一度しかない人生、自分の好きなことや得意なことを活かしてどうやってみんなの役に立ち、生活の糧を得ていくか、また、それを実現するためには今後どんな勉強をしていくべきかを考え、自分の言葉で書き残す機会を作っていくことが重要だと思います。

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